昭和49年09月13日 13日会
今日午前中の奉仕をさせて頂いておる、まだここに十人余りのお届けを終わらない方が残って、そこに待っておったり、そこで御理解を頂いておる時でした。椛目の田中定男さん達が夫婦で、子供連れてきておりましたが、もう子供が来る時からずっともう、何て言うですかひひって、悲鳴をあげる様な泣き方なんです。泣いて連れてきております。私はそれを、どうしてあんなに泣くだろうかと思いよったけれども。まぁ次々とお取次ぎがありますから待っている訳です。
それから一通り終わってから、ここに出てまいりましたら、今日まだ誕生もきとらんのでしょう、娘が今度生まれとりますが。たぎりよるヤカンをひっくり返してから、ここからもうべらりやっとるとです。はぁ泣くはずです。それこそひいって泣きますもん。良し泣かれたくないようにお願いをするよて、言うたっきり泣き止みました。もうそしてからここで帰るまで全然泣きませんでした。だから私がね丁度そん時に、池田さん所の寮におります、渕上君の大学生徒が大学。
今度受験するという人達が、三人連れでお参りしておりました。それは一人はお父さんが何とか癌で入院しておられる。お母さんも何かの病気で入院はしていなけれども、入院せんならんほどの病気である。それを渕上君が一生懸命話てから、もう此の頃からですね、私は関心しましたけれども。二三日前もう一人の友達の所の、やっぱり癌で入院しておられる、友達のお父さんの所に行って、もう宗教関係の話ならしてくれるなて、友達も言うしお父さんもそうだったそうです。
けれども是だけはね違うから、とにかく御神米を一粒どうぞ頂いて下さいと言うて、色々話てね無理に御神米を頂かせて、それから翌る日行ってまた翌る日行ってその段々ですね顔色が良くなってから気分がよくなるそうです。だから自分は嬉しゅうなってからですね、そして今度また友達のそのお父さんの癌とかお母さんの具合悪いとか、又もう一人の友達も大変な難儀な問題のを連れて今日は一緒に参って来ておりました。
それでこちらで御理解を頂き終わりましてから、ここへ来ましたからほらね、あんたどんが来た時から、子供がひいって泣きよったろうがと。あれは火傷しておったから、それがそうにゃヒラヒラする痛さでしょうから、泣きよったんだけれども。私がここで痛まんようにお願いをするよと言うた、もうその場からもう平気ち言うが、もう黙って泣き止んでしまったんです。と言う所から見ると君達が今日ここで見たように、聞いたようにね神様が痛い痒いと言った様な事は、自由自在だと言う事が分かる。ましてこっちはそんな乳飲み子ですから。観念と言った様なのが無いわけです。だから反応する。
例えば火傷したからこげんだろう、食べ過ぎたからこうだろうという思いが無いから、神様の働きというものを、その場で見たり聞いたりしてるもんですから。本当に僕達が、今日お願いをした事も、早速神様の働きがあると言う事だけは、分かる事が分からせて頂いて、まぁ帰ったわけですけれどもね。ですから奇跡を見せて下さるわけです。又は今日は聞かせて下さった訳なんです。
今も倉本さんの妹さんに当たられる、長崎のおられる方がこれも矢張りやっぱ癌でしょうか。私は良く詳しくは分かりませんけれども。心臓でしたかね。それで大変悪いというのでお願いをして行かれました。もう息が止まって冷たくなっておられるのが、おかげを頂いてね、今日お礼を申しておられますのに、おかげで何日も何日もご飯も何も頂けなかったのが、お刺身を二切れ頂いて、それからお粥を少しばっかり頂いて、と言うて今日、お礼に出てきておられる所でございます。
所が今日は今日の御理解を頂こうと思って、座った途端にお腹が痛み出した。又は次の妹さんも大変とにかく便所の中に入っておって、出られんくらいに何か食中毒のように、この苦しまれたと言う事ですけれども。例えばそこに無い命を助けて下さると言った様な働きが、御兄弟の中にあってますからね。神様はそういう場合には幾つにも分けて下さりよるような働きもあります。それで今御理解を頂き頂き、おかげを頂いたというお届けがありましたですけれどね。
本当に神様がそのように、奇跡を見せて下さると言う事は、どういう訳だろうかと、まぁ言う様な事をね、今日の十三日会で一つ検討してみたいと思う。何故そういう奇跡を見せなさらなければならないのか。だからおかげを頂くというのと、奇跡のおかげを頂くというのは別です。今日も参って来てます、今日から日参をすると言うて参って来てますけれども。二日市の方におります、嶋野さんという方は、お父さんが去年しでしたでしょうか、胃癌でおかげを頂きました。そしたら今度はまた別な癌とか。
今度は何とか癌じゃった。直腸癌。直腸癌でおかげを頂いた。もう今度も難しいかち言いよる。けれどもおかげで退院して帰ったんです。それがお礼に出てきたのが、何か五日前だったでしょうけれども。ところが昨日今度は大出血をされましてね、人事不省になられたと言うので、昨日お願いに来て今日から、またお願い参りに来ると言うから、昨日申しましたけれども。もうそういう奇跡的なおかげを続けて頂いておってもですね。ただ頂いてお礼参りが済んだというだけではね。
今日の十三日会ではないけれども。神様の願いが成就しない。ですから奇跡を見る、おかげを頂く。今日の御理解は信心を頂くと言う事でしたがね。信心を頂く言うならばおかげを頂く。奇跡を見る。そう言う様な事からね、色々深くそして本気で一つ信心の徳を受けて、神の願いが成就すると言う事を、私共の願いとさせて頂くようなおかげを頂いて、始めて、私共の願いが成就した時が、本当なものだと言う様な事を分からせて頂きたいと思います。
どうぞ。